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『死神と3日間だけの友達』第4話 再会の約束

三日目の朝は、どこか特別な静けさを湛えていた。

風は止み、空気は澄みきっていた。霧は晴れ、窓の外には薄い青空が広がっている。
少女の部屋にはやわらかな光が満ちていたが、それはどこか、終わりの訪れを告げるようでもあった。

死神は部屋の隅に立ち、目を閉じていた。昨日までの時間を反芻するように。
少女はベッドに身を起こし、小さな笑みを浮かべて死神に声をかけた。

……おはよう、死神さん。
今日も一緒にいてくれて、ありがとう

死神は頷いた。けれど、その瞳の奥には、昨日までにはなかった濁りがひそんでいた。

今日は、何を話そうか

うーん……
何もしなくてもいいよ、そばにいてくれるだけでいい

少女の言葉は、まるで最初から覚悟していたかのように穏やかだった。

沈黙が部屋を包む。死神はやがて、ゆっくりと口を開いた。

……もう3日経とうとしている。
あなたの命の輝きはとても小さい、すでに限界のはずだ……

うん、わかってる

少女は優しく微笑んだ。

不思議だよね。
最初は“終わり”って、もっと怖いものだと思ってた。
でも……今は、そんなに怖くないの。
むしろ、少し、安心してる

安心……?

うん。死神さんがいるから。
最後に、“ひとりじゃない”って思えるのって、すごく、安心する。
お父さんもお母さんもいるけど、忙しくてずっと一緒にはいられないから

死神は言葉を失った。

死をもたらす役目を持つ自分が、誰かの“安心”になる日が来るなど、想像したこともなかった。

少女は窓のほうを向いた。

……春の風みたい。
死神さんといると、胸の奥がすこしだけあたたかくなるんだ

死神の胸に、これまで感じたことのない感情が芽生える。
この3日間、少女と2人で語らった時間は、死神にとっても安らげる時間だった。
これまで、死を望む者に望み通り”終わり”を与える、それが死神としての役割だったはずなのにーー

わたしは……

死神は言いかけて、言葉を止めた。

本来なら、この少女の魂を刈り取るべき時が、もう来ている。少女もそれを望んでいる。
けれど、自分の内側で、刈ることを拒む何かが膨らんでいた。

わたしは…… あなたに、生きていてほしい、と、思っている……

そのたどたどしい言葉は、死神の立場ではあってはならない告白だった。
“死神”としての自分が、たしかに揺らいでいた。

少女は微笑みながら、首を横に振った。

……ありがとう、とても嬉しい。
でも、わたしはーー

言葉を続けようとして、少女は咳き込んだ。
死神は少女のそばに駆け寄り、側に寄り添う。
少女はゆっくりと呼吸を整えると、小さく呟いた。

ねえ、死神さん。
あと少しだけ、こうしていてもいい?

ああ、もちろんだ

二人はしばらく、何も言わずに時を過ごした。
部屋には穏やかな沈黙が流れ、木漏れ日のような光が少女の肩を照らしていた。

やがて、少女は目を閉じた。

……死神さん。お願い。
ちゃんと、わたしを終わらせて。
あなたの手で

死神はその言葉を聞き、虚空から鎌を取り出し、手に取った。
朧げな白銀の刃が、微かな光を宿している。

……わかった

その声は、かすかに震えていた。

死神は少女が横たわるベッドの隣に立ち、その手が鎌の柄を握る。

少女は静かに目を閉じた。

だが、刃を振るう前に、死神はもう一度だけ、少女に声をかけた。

……春になったら、また会おう

その声に、目を閉じたまま少女は涙を流し、薄く微笑んだ。

ありがとう、死神さん。
わたしの、たったひとりの友達。
あなたと出会えて、本当によかった……

その言葉が落ちると同時に、死神の白銀の鎌が静かに振るわれた。

それは命を奪う刃ではなく、 まるで、終わりの扉をそっと開けてやるための手のひらだった。

少女の魂は、かすかな光の粒となってその身から解き放たれ、ゆっくりと宙に浮かび上がる。

その姿はまるで、ずっと閉じ込められていた鳥が、軽やかに飛び立つ瞬間のようだった。

――春になったら、またここで会おうね。

死神はその言葉を思い出しながら、静かに目を閉じた。

少女の魂が、空へと昇っていくのを見届けながら。

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