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『死神と3日間だけの友達』第3話 ことばの灯

二日目の朝は、静かに始まった。

夜に降った雨が、屋根を滑り落ちる音が聞こえる。
死神は窓辺に座って外を見つめていた。少女はベッドに座り、眠そうに目をこすっている。

おはよう、死神さん……

……ああ。
よく眠れたか?

うん、よく覚えてないけど、『ミーシャとひなたの森』の夢を見てた気がするよ

少女は小さく笑い、死神に向かって身を乗り出した。

ねえ、今日は死神さんの話を聞かせて。
いろんな場所で、たくさんの人と会って、見送ってきたんでしょう?

本来、人間と関わるのは”終わらせる”前の、ほんの一時だがね。
そうだな……

死神はしばらく黙り込み、そしてぽつりと語り始めた。

ある砂漠の町に、古い井戸を守っていた老女がいた。
昔は栄えた町だったらしいが、わたしが訪れた時にはもうずいぶんと寂れていてな。
その老女は夫に先立たれ、子供たちも町を出て行ったが、その町に留まることを望んだ。
皆が去った後も、ひとりでその井戸を守っていたんだ。
最後の町人となった老女は、やがて孤独の中で”終わり”を望むようになった。
彼女は最後に、こう言っていたよ。
『私の井戸で、町の者が渇きを癒せたのなら、それでいい』と。
町に残る最後の1人になったとしても、町の人に井戸の水を与え続けることが、彼女の生き方だったんだろう

少女は息をのんだ。

すごい……かっこいい人だね。
最後の1人になるまで、ずっと町の人のために井戸を守り続けるなんて

……そうなのだろうな

死神はふと視線を遠い砂漠の地に向け、その老女のことを思い返した。
死の間際に見せた、満足そうに微笑む青い瞳……。

はるか北にある雪の大地で、吹雪の中を1人で進む青年もいたな。
彼は弓を扱う狩人でね、単独で森へ狩りに出た先で、猛烈な吹雪に襲われたんだ。
わたしが呼ばれたのは、彼が集落へ帰るために吹雪の中を数日かけて突き進んだ後だった。
力つき、倒れた彼は、わたしの姿を見て、何も言わず”終わり”を受け入れた。
でも、悔しそうな顔をしていたな

少女は口を押さえ、真剣な表情で死神の話に聞き入っていた。

その人、本当は家に帰りたかったのよね

かもしれない。
彼にとっては、大切な帰路だったのだろう

死神は吹雪の中で刈り取った命について、今更ながら想いを馳せている自身に少し驚いた。
青年の、悔しそうな表情が浮かぶ。

そしてもう一つ、死神はこう語った。

昔、西方の地の戦争で、兵士に呼ばれたこともあった。
敵も味方も分からなくなった、ひどい有様の戦場でね。
その中で彼は傷つき、血を流して倒れていたんだ。
もう助かりようのない重傷で、苦痛に顔を歪ませていた。
わたしが死神だと名乗ったら、何を勘違いしたのか『女神の迎えが来た』と言って喜んでな

あの時の彼の眼差しは、まるで安堵の中に溶けていくようだった。
もしかしたら、本当に“誰かの救い”を見ていたのかもしれない。

少女はしばらく言葉を失い、やがて静かに言った。

……みんな、死神さんが来てくれて、救われたんだと思う

死神は少女の言葉に少し戸惑った。

わたしは”救い”を与えているわけではないよ、それが役割というだけさ

少女は窓から差し込む光を見つめながら、そっとつぶやいた。

死ぬときに誰かがそばにいてくれるって、すごく幸せなことだと思う。
……だって今なら、ちょっとだけ、死ぬのが怖くない気がする

その言葉に、死神の胸の奥に、小さな火が灯ったような気がした。

それは、死を渡す手のひらに宿る、あたたかい光だった。

窓の外では雨が上がり、淡い光が差し込んでいた。

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