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『君と守りし妖精の藍花』第8話 つながれる約束

* * *

数日後——

朝の光が、そっと部屋に差し込んでいた。

眠る妹の顔は、ほのかに微笑んでいた。

けれど、その微笑みのまま——

彼女は静かに、最後の息を引き取った。

少年は、そっと妹の小さな手を握りしめる。

そして、かすかに囁いた。

「……ありがとう。お前のおかげで、僕はもう迷わないよ」

妹の葬儀の日、雨が静かに降り続いていた。

小さな棺に白い花が添えられ、母はじっとその前から離れようとしなかった。

少年は傘も差さず、雨の中でただ立ち尽くしていた。

胸の中で、ずっと抱えていた願い。

旅の途中で掴みかけた希望は、結局、妹には届かなかった。

けれど──

妹は最後まで微笑んでいた。

『また……きっと会えるよ。だって、お兄ちゃんは……ちゃんと、守ったんだよね?』

その言葉が、今も少年の心の奥で、小さな灯りのように揺れていた。

* * *

葬儀が終わった後。

少年はひとりで、祖父の家を訪ねた。

祖父は、少年が森へ旅立っていた間、母と妹を支えてくれていた。

長い白髪に短い白髭を蓄えた好々爺——藍色の花の伝承を教えてくれたのも、祖父だった。

家の奥から出てきた祖父は、静かに少年を迎え入れた。

ふたりは囲炉裏の前に並んで腰を下ろし、湯気の立つ質素な茶を口にする。

しばらくの沈黙の後、祖父が穏やかな声で語りかけた。

「……妹のことは、辛かったな。

だが、お前が突然『蒼月の森へ行く』と言って飛び出した時は……正直、驚いたぞ」

少年は小さく頷き、ゆっくりと口を開いた。

「……もう一度、蒼月の森に行こうと思うんだ」

そして、旅で出会った妖精のこと、藍色の花の真実、すべてを静かに語った。

妖精が託してくれた花——

「人間の手が届かぬように、守りたい」と。

祖父は、目を伏せたまましばらく黙りこんでいた。

そして、ぽつりと語り出した。

「……わしの祖父──お前の曽祖父もな……その昔、あの森で藍色の花を刈った人間の一人だったのだよ」

囲炉裏の火がぱちり、と小さく鳴る。

「当時はひどい流行り病があってな。

『藍色の花は万能薬になる』という噂が広まり、多くの者が森に押し寄せた。

曽祖父も家族を救うために、花を摘んで帰ったと聞いている」

祖父の顔には、深い苦しみの影が浮かんでいた。

「……知らなかったんだ。

藍色の花が“癒す薬”ではなく、“夢を与える花”だったとは……」

再び沈黙が降りる。

ただ、囲炉裏の火が静かに揺れていた。

「そうとも知らず、曽祖父は花を刈り──

結果として、妖精たちを滅ぼす側に加わってしまった……罪深いことだ。

命を救おうとした代わりに、別の命を奪っていたのだから」

少年はじっと祖父の横顔を見つめた。

「わしも、長い間あの伝承はただの昔話だと思っていた。

だが、お前が旅に出て……そして、妖精に出会い、花を託されたというのなら──

きっと全ては、繋がっていたんだな」

祖父はゆっくりと少年に顔を向けた。

その瞳には、深い悔いと、静かな願いが宿っていた。

「もしも、あの森に藍色の花が再び咲くのなら──

妖精たちの国が、もう一度息を吹き返すのなら──

どうか……守ってやってくれ。

わしは、もう森の奥深くへ行くことはできん。

わしの願いも一緒に、背負ってくれないか」

少年は小さく頷いた。

涙は出なかった。ただ、その言葉を胸の奥深くに刻み込んだ。

「……うん。必ず守るよ。

誰にも触れさせない。あの花がまた咲き誇る日まで、見守り続ける」

祖父は静かに目を閉じた。

その表情は、少しだけ安らかに見えた。

こうして少年は、また一歩、未来へと歩き出す決意を固めた。

* * *

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