プロローグ

拍手は海鳴りのように続く。王都リュセールの大舞踏会で、わたしは笑うように微笑を置き、次の拍手の波を待つ。

胸元で宝石が小さく鳴り、シャンデリアの光が紅いドレスの裾を爪のように撫でていく。視線が集まっている。羨望、嫉妬、祈りにも似た期待――すべてが熱を帯びて、肌にまとわりついて離れない。

夫の指が、手袋越しにわたしの手を包む。ジュリアン。誰もが模範の紳士と称える人。

「美しいよ、レティシア。輝く金の髪、エメラルドの瞳、絹のような肌。

 ……完璧だ」

低く丁寧な声。

顔を傾け、微笑む。

「ありがとう、ジュリアン」

音楽が流れ、わたしたちは舞う。弧を描くたび、花弁のような歓声が上がる。貴族たちの顔が連なり、煌めきの列となってわたしの周りを回り続ける。

誰もが知っている――これは成功の眩しさだ、と。

誰もが信じている――これこそが幸福の高みだ、と。

私は”西方の薔薇”と呼ばれてきた。棘のある薔薇、気高い薔薇。

今夜のわたしは、その名にふさわしく咲いている。完璧に。欠けなく。瑕疵なく。

――なのに。

(ああ、この世界は――地獄だ)

言葉は喉の奥で小さく鳴り、誰にも届かない。わたしだけが聞く。

ジュリアンの掌が、優しく――だが逃げ道をふさぐように――指先を絡めてきた。

光は眩しい。拍手は高い。

そして、わたしの内側には、何もない。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

この記事を書いた人

コメント

コメントする


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。

目次