どこかの街角。白いカーテンの下りた窓。店とも部屋ともつかぬ小さな空間で、フェリシティは膝に本を置いていた。雪のような髪、深い黒の瞳。
『後悔は、魂に刻まれた過去の傷ではない。それは未来を照らすための灯火である』
――アルベール・デュラン
「この哲学者のいう通りね」
ページを指でなぞりながら、フェリシティは小首を傾げる。
「確かに、あのレティシアから“後悔”をもらったら、見事に抜け殻になったわ。
でも、だったらどうして、あんなにあっさり差し出したのかしら?」
眉根を寄せ、ほんの一瞬だけ真剣な表情を浮かべる。
「しかも、渡しておきながら、殺してでも奪い返そうとするなんて――」
唇に笑みが広がる。
「本当に、知恵があるのかしら。それとも、ただ愚かなだけ?」
小さな吐息。
やがて、両手で頬を押さえて笑い出す。
「ふふ……やっぱり理解できない。人間って、本当に謎だわ」
そう呟く姿は、無垢な少女のようであり――同時に、残酷な観察者のそれでもあった。
「まあ、いいわ。また“お店”で待っていればいいだけ。どうせそのうち、新しいお客様が、向こうからやってくるもの」
ページを閉じた瞬間、白いカーテンが風もないのにふわりと揺れた。
その唇に浮かんだ笑みは、幼子の無邪気さと、悪魔の冷酷さを同時に孕んでいた。
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