春が来た。
あの小さな街にも、長く閉ざされていた空が開け、やわらかな陽光が降り注いでいる。
通りには花が咲き、木々が芽吹き、人々の頬には笑みが戻っていた。
ひとりの黒衣の女が、街の外れにある小さな丘の上に立っていた。
白と墨を溶かしたような長衣をまとい、黒銀の髪を風に遊ばせながら、
透きとおるような群青の瞳だけが、遠くを見つめている。
足元には、小さな花が咲いていた。
白く、あたたかな、春の花。
……約束通り、来たよ
死神は、そっと語りかけるように呟いた。
そこは、少女が『ひなたの広場』と呼んでいた場所だった。
いつか行ってみたかったと語っていた、夢の中のような明るくて優しい場所。
死神は静かに腰を下ろした。
背後に誰もいないことを知りながら、そこに“誰か”が座っているような気がして。
……あれからまた、たくさんの終わりを見届けてきた。
けれど、今でもときどき、あの部屋のことを思い出す
やわらかな風が吹き抜ける。
まるで、答えるように。
友達と過ごした三日間……
きっと、わたしの中でも特別だったのだろうな
言葉の代わりに、春の風が答える。
ふと顔を上げると、空からたくさんの花びらが、風に乗って舞い降りてきた。
それは光の粒のように、ゆっくりと手のひらに降りてくる。
見覚えのある光景だった。
あの絵本――『ミーシャとひなたの森』の1ページ。
春の花びらが舞い散るなか、森の仲間たちが再会する場面。
死神――セレナは、ふっと笑みをこぼした。
……春になったら、また会おう
その言葉を、もう一度だけ、風の中に放った。
黒衣の女の姿は、やがて風に溶けるように、そこから静かに消えていった。
そこには、ただ春の陽だまりと、小さな白い花だけが残っていた。