朝が来た。
霧はまだ街の屋根を這っていたが、少女の部屋にはやわらかな光が差し込んでいた。
カーテンの向こうで鳥が鳴き、小さな世界に、日常という名の幕がひらく。
しかしその部屋に、もう昨日までの日常はなかった。
窓辺の椅子には、黒と墨の混じった長衣を纏う女性が静かに腰掛けていた。
死神であり、今日から三日間の“友達”。
少女は布団の中から、ゆっくりとその姿を見上げた。
うわぁ、本当に、いてくれるんだ
約束は守るさ。
”友達”がどういうものかは、正しく理解できていないがね
その答えは淡々としていたが、しかし柔らかさも感じられた。
少女は笑った。
ありがとう、それでいいよ。
お互い初めてだもんね。
……最初に何をしようか、ずっと考えてたの
少女は小さな体を起こし、ベッドサイドの本棚を指差した。
見せたいものがあるんだ
そこには、何十冊もの絵本や小説の本が並んでいた。
色褪せた表紙、読み古された背表紙。少女の時間が詰まっている宝箱。
彼女がそっと取り出した一冊は、水彩で描かれた動物たちの絵が表紙にある。
『ミーシャとひなたの森』――少女の一番のお気に入りだった。
この絵本ね、私、小さい頃からすっごくお気に入りなんだ。
森でひとりぼっちだったうさぎのミーシャが、いろんな動物たちと出会って友達になっていくの。
それでね、冬になる前に『春になったらまた会おうね』って約束するんだよ。で、春になったら、ちゃんとみんな約束の場所で再会するの!
実はね、この町にある『ひなたの広場』っていう小さな丘が、この絵本の舞台にもなってるんだよ。
少女は絵本の動物たちが『春になったら、またここで会おうね』と再会の約束を交わすページを広げたまま、ぽつりと言った。
……わたし、こういうの、ずっと憧れてたんだ
その言葉を読むたびに、少女は胸の奥があたたかくなるのを感じていた。
でも、それはいつも“夢のなかの光景”でしかなかった。
死神は黙って頷いた。その胸に、名もなき風が吹き込んだ気がした。
なるほど。
じゃあ、私はミーシャの友達のようにすればいいのか
わたしがミーシャってこと? うわぁ…、嬉しい。
じゃあ死神さんは、どの動物が好き?
死神は絵本を眺め、考え込んだ。
うさぎの他は、キツネ、クマ、小鳥、この中なら…。
くまのルル、かな
ふふっ、なんか似合ってるかも
部屋の中に、ほんの少しだけ、春の匂いがした。
死神と友達になったその日、少女は眠りにつくまでのあいだ、宝物のように大切にしてきた本のことを、ひとつひとつ、嬉しそうに語っていた。
カーテンの隙間から差し込む陽光が、ふたりを優しく照らしていた。