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『君と守りし妖精の藍花』第2話 ひとひらの出会い、手のひらの道標

夜が明けはじめ、森の霧がやわらかくほどけていく。

鳥たちがまだ目を覚ます前、
淡い光が差し込む木漏れ日の中で、少年はゆっくりと目を覚ました。

目に映ったのは、静かに座る、小さな妖精の横顔。
風に揺れる藍紫の髪が、夜明けの光をやさしく包んでいた。

……ここは……?

かすれた声で問いかける少年に、妖精は言葉を返さなかった。
ただ、静かに、まっすぐに彼を見つめていた。

……夢じゃなかったんだ。妖精は、本当にこの森にいたんだね

そうつぶやく少年の表情は、まだどこか夢の中にいるようだった。

おまえは、この森で何をしていたの?

妖精の問いに、少年は少しだけ姿勢を正し、目をそらさずに答える。

僕は……妖精の国を探して、この森に来たんだ

……なんのために?

妖精の国にあるっていう藍色の花……
その花が、病を癒す力を持っているって聞いたんだ。
だから、僕はそれを探してる。どうしても……必要なんだ

妖精のまなざしが、わずかに揺れた。

……妖精の国はもうないよ。
藍色の花も、とうの昔に失われた。
今はもう……何も残っていない

そう言いながらも、彼女の言葉には確信がなかった。
長い間、あの湖畔へは近づいていない。
本当に“何も”残っていないのか、自分でも分からなかった。

少年は、ふと目を伏せた。
でも、あきらめた様子はなかった。

……それでも、自分の目で確かめたい。
ダメだって分かったら、あきらめる。
だから、お願い。どうか、案内してくれないか

その瞳には、真っ直ぐな願いと、揺るぎない決意が宿っていた。

妖精はそのまま、じっと彼の顔を見つめる。
その真剣なまなざしに、なぜか胸の奥が、小さくふるえた。

……それで、おまえはどうやって妖精の国に行くつもりだったの?

森の中央に湖があるって、おじいちゃんが言ってた。
だから、まっすぐそこを目指して歩いてた。
そしたら、道に迷って……

あきれた……
場所もわからないのに、ただ突き進んでいたの?

思わず、妖精の唇から笑みがこぼれる。

わ、笑わなくてもいいだろ……!

少年は赤くなりながら抗議したが、その顔はどこか嬉しそうだった。

妖精の国——
そこは、かつて彼女が生きていた世界。
けれど、そこに向かうことができないまま、長い時が流れていた。
何かが、彼女の足をすくませるのだ。
けれど、いつかは向き合わなければならないと、心のどこかでは分かっていた。

もしかしたら、この少年との出会いは、
その一歩を踏み出す“合図”なのかもしれない。

妖精はそっと目を閉じ、そして静かに目を開いた。

……わかった。案内してあげる

少年の顔がぱっと明るくなる。

ほんとうに? ありがとう!

でも……私は、途中で引き返すかもしれないよ

それでもいい。
妖精の君に案内してもらえるんだ。
こんなに心強いことはないよ

その言葉に、妖精は小さく微笑んだ。
それは、長い孤独の中で忘れていた、あたたかい笑みだった。

こうして——
小さな羽と、小さな決意が、
森の奥へと踏み出す。

ふたりの旅は、まだ始まりにすぎなかった。

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