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『君と守りし妖精の藍花』第3話 藍の森、ふたりの足音

蒼月の森の奥深く。

少年と妖精は、ゆっくりと静かな道を進んでいく。

道なき道。

絡み合った枝や茂みが行く手をふさぐが、宙を舞う小さな妖精が先を照らし、少年はその後を迷わずに歩いていった。

「ねえ、妖精って……みんな君みたいに飛べるの?」

ふいに少年が尋ねた。

ふわりと舞い上がった妖精が、くすりと微笑む。

「もちろんよ。私たちは花から生まれた妖精。

花びらが風に乗るみたいに、自由に空を舞うの。」

「すごいなぁ……僕も飛べたらいいのに」

少年が憧れるように言うと、妖精はくすりと笑った。

「でもあなたは、地をしっかり踏みしめて歩いてるじゃない。

それだって、すてきなことよ」

「ははっ、確かにそうだ」

少年も笑いながら頷く。

そのやりとりに、妖精の胸の奥がじんわりと温まっていく。

長い孤独だった。

妖精の花が消えて、仲間が消えて、誰とも言葉を交わさぬ日々が、どれほど続いただろう。

けれど今は違う。こうして誰かと歩き、話し、笑い合っている。

心の奥にあった孤独が、少しずつ溶けていく気がした。

「……ねえ、妖精の国には、他にも妖精がいるの?」

少年がふいに問いかける。

妖精は羽をふわりと揺らし、しばらく考えたあと、小さく首を振った。

「……もう、いないわ。

私以外の妖精を、この森で見たことはずっとない」

「君だけ?……どうして?」

「覚えていないの。

昔、妖精の国にいた記憶はあるけど……

どうして国が滅びたのか、なぜ今わたしだけが残っているのか……思い出せないの」

「……そうなんだ……ごめん」

少年は思わず目を伏せた。

何が「ごめん」なのか、うまく言えなかった。

ただ、妖精の静かな声に、長い孤独を感じて、胸が締めつけられた。

しばしの沈黙。

葉擦れの音が、ふたりの間を優しく埋める。

やがて、妖精がそっと尋ねた。

「……あなたは、どうして藍色の花を探しているの?」

少年は空を仰ぎ、森の向こうにある村を思い描くように言った。

「……妹が、病気なんだ。

小さい頃からずっと寝たきりで……母さんもずっと看病してて。

でも、もう治す手立てがなくて……」

少年の声がかすかに震えた。

けれど、その瞳には揺るがぬ光があった。

「……それでも、僕にできることが何かあるなら……やってみたかったんだ。

祖父が昔、妖精の国にはどんな病も癒す藍色の花が咲くって語ってくれた。

だから、僕はここに来た」

妖精は、その真剣な横顔を見つめる。

まっすぐな想い。

それは自分とは違う生き方だったけれど、その強さが、不思議と心をあたためた。

「……あなたは、優しいね」

そう呟くと、少年は顔を赤らめた。

「そ、そうかな……妖精に褒められるのって、不思議な感じだな」

「ふふっ。私、誰かとこんなふうに話すの……本当に久しぶりなのよ」

「じゃあ、これからは僕が一緒にいるよ。いいだろ?」

少年のまっすぐな言葉に、妖精の瞳がわずかに丸くなる。

「君が一人でいるなんて、なんだかもったいないしさ」

その笑顔はまるで、暗い森に差し込む一筋の光のようだった。

妖精は、小さく微笑み、そっと少年の肩に降り立った。

「……じゃあ、一緒に行きましょうか」

柔らかな声が、森に響く。

その微笑みは、夜明けの霧に差し込む朝日よりも、あたたかかった。

こうしてふたりは、より深き森の奥へと歩みを進めた。

小さな羽と、人の手と。

まだ知らぬ〈妖精の国〉の真実を目指して——。

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